新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、2020年以降、私たちの社会は大きな変化を経験しました。以前から、リモートワークやテレワークなど新しい働き方は存在していましたが、このパンデミックを契機に、急速に普及しました。
この社会の変化に伴い、DX(デジタルトランスフォーメーション)に関連する課題や問題がさまざまな分野で浮かび上がってきました。行政分野でも、経済的な影響を受けた人々に対する様々な支援金が提供されていますが、多くの申請が殺到し、処理に遅れが生じたり、システムの整合性に課題があったりと、環境や人員に関する問題が浮き彫りになりました。
これらの問題の背後には、オンライン手続きの問題や、国と地方自治体の異なるシステムを使用していたための整合性の欠如など、行政分野におけるデジタル化に関する問題が指摘されてきました。これらの課題は以前から存在していましたが、新型コロナウイルスの流行によって、社会全体で深刻な問題として認識されるようになりました。
この文脈から、行政分野におけるデジタル化に関する課題の解決を主要な目標とする政府の取り組みの一環として、デジタル改革関連法案が可決されました。
この記事では、2021年5月12日に承認されたデジタル改革関連法案が具体的に何を意味し、その内容を分かりやすく解説します。
デジタル改革関連法とは

デジタル改革関連法とは、2021年5月12日に参議院本会議で可決された、デジタル社会の実現を目指す6つの法律を指します。具体的には以下の6つの法律案を包括的に指す用語です。
- デジタル庁設置法
- デジタル社会形成基本法
- デジタル社会形成整備法
- 公金受取口座登録法
- 預貯金口座管理法
- 自治体システム標準化法
これらの法律案は、行政分野においてデータの有効活用を促進し、社会課題の解決にデジタル技術を活かすために制定されました。この一連の法律案は、デジタル化を推進し、効率的な行政サービス提供を実現するための枠組みとなっています。
特に「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律(デジタル社会形成整備法)」では、押印・書面に関する合計48の法改正が盛り込まれ、電子契約への段階的な移行を目指す姿勢が示されました。
成立の背景
デジタル改革関連法は、菅内閣の政策の中核を成す要素の一つとして、急速なデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するために必要とされました。その背後には、国や民間セクターを問わずデータの活用が急速に進展し、現行の法的枠組みがデジタル化の進展に対応できなくなった事情があります。
特に、新型コロナウイルスの流行によって、給付金の遅れやマイナンバーシステムを用いた申請プロセスのトラブルが浮き彫りになり、社会全体におけるデジタル化の緊急性が明確になりました。同時に、個人情報や機密情報のサイバー攻撃が増加しており、データの悪用や不正アクセスを防ぐための枠組みの重要性が高まっています。
これらの背景を考慮し、菅内閣はデジタル改革関連法の成立を急速に進め、現行法をデジタル時代に適応させ、データ関連の課題に対処することを決定しました。
デジタル改革関連6法とは
デジタル改革関連法は、以下の6つの関連法案で構成されています。
デジタル庁設置法
デジタル庁設置法はその名の通りデジタル庁を設置するための法律で、今回のデジタル改革関連法案の目玉の1つです。デジタル庁は内閣直属の組織としてその長を内閣総理大臣が務めるなど、非常に特徴的な組織となっています。
デジタル庁は各省庁への勧告権等を有しており、デジタル社会の形成に関する司令塔として、国及び地方公共団体の情報システムの統括・管理を行うための権限が与えられています。
具体的な業務として、主なものはマイナンバーカードに関する業務の地方公共団体からの移管業務や、各府省が共通で利用するシステムや地方公共団体が利用するプラットフォームについてのシステム整備を行うなど、まさに国と地方公共団体の垣根を越えた総合的な情報システム部門となります。
デジタル社会形成基本法
デジタル社会形成基本法は、デジタル社会の形成による日本経済の持続的かつ健全な発展と国民の幸福な生活の実現等を目的とする法律です。これまでネットワークやシステムに関する法令としては、2000年に当時の森内閣の時に成立した高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)がありました。IT基本法により高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT本部)が設置されましたが、今後はデジタル庁が役割を引き継ぐためIT本部は廃止となります。
IT基本法はインターネットの普及とともに求められた情報通信ネットワークの充実に力が入れられていましたが、デジタル社会形成基本法はこうしたネットワークの存在を前提に収集されるデータの利活用を重点に置いている点で異なります。
行政の業務に影響があると思われる箇所としては、③や④に対応する政策としてマイナンバーカード等を活用した災害や感染症対策が予定されています。新型コロナウイルスのワクチン接種にあたって、マイナンバーカードを利用したシステムなどが導入されることも想定されます。
マイナンバーカードに関する業務についてはデジタル庁への移管が予定されていますが、一定の業務については地方公共団体との共管もあるため、一部の業務については地方公共団体に残る可能性もあるかと思います。
また、デジタル社会形成基本法では官民連携を基本としていることから、地方公共団体と国が共通のシステムを導入するにあたり、民間業者と共同でシステムの改修や入れ替えなどを行うことも想定されるため、システム担当者の方の業務にはデジタル社会形成基本法が影響することも考えられます。
いずれにせよ基本原則を定めたものであり、デジタル改革関連法案の全てに影響する法律といえます。
デジタル社会形成整備法
デジタル社会形成整備法の正式名称は「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」といいます。
主には、個人情報保護法の改正を行い、地方公共団体毎に異なっていた制度について全国的な共通ルールにすることや、マイナンバーカードの発行・運営体制の強化を内容としています。具体的には、各種国家資格に関する事務についてマイナンバーを利用した情報連携を行うことが想定されています。
例えば、医師免許の申請を行うに際して、現在は住民票の写し又は戸籍謄本の添付が必要になります。
しかし、デジタル社会形成整備法ではマイナポータルを通じて申請を行うことでクラウド上に保管された戸籍関係の情報が提供されるため、住民票の写しなどの添付が不要になるといった計画もされているようです。
また、行政の手続きにおいて押印を求める手続きについて押印を不要とし、書面交付が求められていた手続きについても電磁的方法(PDFファイルなど)での交付も可能とする点などは、これまでの業務に大きな影響を与えるものと思われます。
公金受取口座登録法
公金受取口座登録法の正式名称は「公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律」といい、公的な給付の申請手続きの簡素化や給付の迅速化を目的とした法律です。
希望者は公的支給を受けるための銀行口座をマイナンバーとともにオンライン申請しておき、各行政機関の長は公的給付を行う際にこうした情報を得られることで、より迅速に公的給付が行えるという仕組みにすることが計画されています。
預貯金口座管理法
預貯金口座管理法の正式名称は「預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律」と言い、口座の預貯金者が自身の意思で「マイナンバーを利用した預貯金口座の管理」を希望することにより、金融機関がその口座を管理可能とすることを目的とする法律です。
現在も金融機関の預貯金口座とマイナンバーを連携することは可能ですが、金融機関ごとに申し出る必要がありました。
しかし、今後は1つの金融機関の窓口でマイナンバーによる管理を申し出ると、こうした情報が預金保険機構に送られ、その預貯金者のその他の金融機関の預貯金口座も申し出が不要となります。
例えば、これまでは預貯金者がなくなった際、相続人が預貯金者の口座を個別に調べ、各金融機関に申し出ていましたが、今後は一つの金融機関で相続人であることの確認が取れれば、その他の金融機関の口座情報などは、預金保険機構が相続人に対し通知するような仕組みになります。
自治体システム標準化法
自治体システム標準化法の正式名称は「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」といい、この法律の最大の目的は地方公共団体毎に異なっていた情報システムの標準化です。その対象範囲は児童手当や住民基本台帳から生活保護まで、多種多様な行政サービスを対象としています。
現時点では、標準規格がどのような内容になるのか不明ですが、標準化の検討に当たっての情報提供や現場の意見などが、各自治体などに求められることが想定されます。
デジタル庁とは
「デジタル庁設置法案」によって創設されたデジタル庁は、デジタル社会の実現に向けて中心的な役割を果たす省庁です。デジタル庁は、デジタル社会の構築に関する基本的な方針の策定、行政システムの統括と監督、特に重要な行政システムの整備など、3つの主要な役割を担っています。
以下では、新たに設立されたデジタル庁の理念や業務内容について詳細に説明します。
組織体制
首相官邸によれば、デジタル庁は内閣直属の機関で、その組織構造は内閣総理大臣を組織の長とし、大臣、副大臣、大臣政務官、特別職のデジタル監、デジタル審議官などを含むものです。この組織は官民を問わず、民間から人材を約5分の1登用し、民間企業と同様にCTO(最高技術責任者)やCDO(最高データ責任者)などの職位が設けられる予定です。
基本的な考え方
デジタル庁の主要な役割は、デジタル社会の構築に向けて、行政機関に対する勧告などの「強力な総合調整機能」を提供することです。また、デジタル庁は民間がデジタル社会の主要なドライバーであるとの立場を強調し、その役割は官民の連携と役割分担に焦点を当てています。デジタル庁は、民間の主導を支援し、デジタル社会のインフラ整備に貢献するための役割を果たし、地方公共団体とも協力し、国と地方の連携を推進します。
どのようなことに取り組むのか
デジタル庁は、以下の7つの主要な分野で活動を展開します。
- 国の情報システム 基本的な政策方針を策定し、予算を統括して監理し、重要な情報システムの整備と運用を担当します。
- 地方共通のデジタル基盤 全国的なクラウド移行に向けた標準化と共通化に関する計画と調整を行います。
- マイナンバー マイナンバー制度全般の計画策定を一元化し、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)の国と地方の共同管理を支援します。
- 民間・準公共部門のデジタル化支援 重要な計画を具体化し、準公共部門の情報システム整備を統括して監理します。
- データ利活用 ID制度などの計画策定とベース・レジストリの整備を推進します。
- サイバーセキュリティの実現 専門チームを設置し、システム監査などのセキュリティ対策を強化します。
- デジタル人材の確保 国家公務員のデジタル分野での採用を検討し、デジタル区分の設立を検討します。
デジタル改革関連法やデジタル庁が及ぼす影響
デジタル改革関連法の制定とデジタル庁の設置により、私たちの生活には重要な変化が訪れます。
マイナンバーカードの有効活用
マイナンバーカードの利用範囲が拡大し、個人情報の確認や行政手続きがより効率的に行えるようになります。
オンラインでの免許更新
運転免許証の更新手続きがオンラインで可能になり、時間と手間を節約できます。
国家資格証のデジタル化
さまざまな国家資格証明書がデジタル形式で提供され、証明書の保管と提出が簡便になります。
特に注目すべきは、マイナンバーカードの拡大利用で、これによって多くの行政手続きが劇的にスムーズになるでしょう。また、オンライン化される免許更新など、手続きの煩わしさが減少し、市民の利便性が向上します。
押印・書面関連法律の変更内容
デジタル改革関連法の成立に伴い、押印と書面に関する法改正が多くの分野で行われました。これにより、ビジネスシーンにおいて重要な変革が起こります。主な変更内容は以下の通りです。
戸籍法
戸籍に関連する書類の押印義務が廃止されました。
公認会計士法
財務書類への押印義務が廃止され、書類化の要件が緩和されました。
抵当証券法
抵当権の申請書における押印義務が撤廃されました。
建築士法
設計図書や設計業務委託契約書などへの押印義務が廃止され、書面化の要件が緩和されました。
宅地建物取引業法
重要事項説明書への押印義務が撤廃され、書面化の要件が緩和されました。
マンションの管理の適正化の推進に関する法律
重要事項説明書における押印義務と書面化の要件が緩和されました。
確定給付企業年金法
確定給付企業年金に関連する書類への押印義務が撤廃されました。
不動産鑑定法
鑑定評価書への押印義務が廃止されました。
通関業法
税務署へ提出する通関書類における押印義務が撤廃されました。
社会保険労務士法
行政機関へ提出する申請書における押印義務が廃止されました。
民法
受取証書の書面化に関する要件が緩和されました。
建設業法
見積書や特定専門工事に関する文書の書面化要件が緩和されました。
借地借家法
定期借地権設定契約書や賃貸借契約書における書面化要件が緩和されました。
資産流動化法(SPC法)
特定目的信託関連書面の書面化要件が緩和されました。
これらの変更により、不動産業界を含む多くの分野で、押印や紙の書面契約から電子契約への移行が容易になり、効率的なデジタルプロセスの導入が進むでしょう。
特に、ビジネスにおいては、電子ファイルを受け入れることでキャッシュレス決済や電子契約の促進が期待されます。
電子契約サービスの採用がDX推進に有益
デジタル改革関連法の整備に伴い、国の行政手続きや企業間の契約手続きが大きな変革を遂げています。特に注目すべきは、押印と書面の従来の概念が見直され、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が本格的に進行している点です。
これに伴い、企業は「押印と書面の廃止」に向けて積極的な対応を検討し、電子契約サービスの導入がその中でも重要な要素となります。デジタル契約プロセスの採用によって、効率的で迅速な契約プロセスの実現が期待されます。