近年の企業活動では、多岐にわたる文書が生成されます。その中には法律により一定期間保存が義務づけられる「法定保存文書」も含まれます。紙の文書保存に伴うコストや事務的負担を軽減するため、2005年4月には「e-文書法」が施行されました。
「e-文書法」は、法的に保存が求められる文書において、電子文書による保存を認め、これにより書面保存に伴う負担を減少させ、国民の利便性向上を目指す法律です。
通称として知られている「e-文書法」は、正確には「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」と「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」の2つの法律が2005年4月に施行されたものを指します。
本記事では、「e-文書法」の制定背景やその対象となる文書、電子保存のための要件に焦点を当て、また混同しやすい「電子帳簿保存法」との違いについても詳しく解説いたします。
電子文書法(e-文書法)とは?

デジタル時代の進展に伴い、紙による文書保存に代わり、電磁的記録による保存を認める法律として2004年11月に制定され、翌年4月に施行されたのが「電子文書法」(通称:e-文書法)です。この法律は正式には、「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」(以下、e-文書通則法)と「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下、e-文書整備法)の二つの法律から成り立っています。
e-文書通則法は、企業や個人事業主などが文書を電磁的記録により保存できるように共通事項を定めた法律であり、これにより様々な法令で規定されている文書保存が電子形式で可能になりました。民法や商法、労働基準法など約250本の法律に基づく文書の保存について、法令を改正せずに電子保存が認められました。一方、e-文書整備法は、e-文書通則法では対応できない約70本の特定法を一部改正し、要件をクリアするようにした法律です。
電子文書法は、保存だけでなく、電磁的記録による作成、保存、縦覧(閲覧)、交付についても規定しています。電磁的記録は、「電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるもの」と刑法第七条の二で定義され、主に電子式、磁気式、光学式などで作られるデジタルデータを指します。これにはCD-ROM、USBメモリ、HDDなどが含まれ、その特徴は人の知覚では認識できない点にあります。
e-文書法の要件
e-文書法に基づく電子文書の保存には、経済産業省が厳格な要件を定めています。e文書法の要件は、関連する府省によって異なります。しかし、基本的には以下で紹介する4つの要件が基本要件とされています。これらの要件は、電子文書が見やすく、完全で、機密性が確保され、かつ効率的に検索可能な状態で保管されることを保証するためのものです。
文書の電子化保存を行う場合、扱っている文書がどの要件を満たせば良いのかを、事前に確認しておきましょう。
見読性
電子化された文書は、パソコンやディスプレイを使用して、明瞭で見やすい状態で表示できるようにする必要があります。また、必要な時は書類を紙面に出力できるように、プリンターなどを準備することも求められます。なお、この見読性は可視性と表現される場合もあるのでご注意ください。
完全性
文書の電子化保存においては、改ざんや消去が不可能なような対策が講じられている必要があります。改ざんや消去が行われた場合には、その事実が確認可能な仕組みが整備されていることが求められます。電子署名やタイムスタンプなどが、具体的な改ざんや消去防止策として挙げられます。
機密性
閲覧権限を持つ者以外がアクセスできないようなセキュリティ対策が施されていることが必要です。不正アクセスを防ぐための措置も同様に求められます。
検索性
電子化された文書が効果的に活用できるよう、容易に検索できる仕組みが整備されていることが求められます。これにより、必要な情報へのアクセスが円滑に行えます。
電子文書はその性質上、複製や改ざんのリスクが潜んでいます。したがって、保存後の適切な管理とセキュリティ対策が欠かせない要素となっています。
e-文書法制定の背景
1980年代から1990年代初頭にかけて、我が国もインターネットが誕生し、パソコンの普及が急速に進みました。このテクノロジーの進展に伴い、1990年代後半には企業や団体における国税関係帳簿書類の電子化が許容され、その保存方法を明確に定めた電帳法が制定され、税務関連帳簿の電子化が推進されました。
2000年になると、政府が「e-Japan構想」を掲げ、5年以内に日本をIT分野での世界最先端国家にすると宣言し、様々な分野において電子化が進展しました。
例えば、書面の交付等に関する情報通信技術の利用のための関係法律の整備に関する法律(通称:IT書面一括法)により、これまで書面で行われていた交付等が電磁的記録で行えるようになりました。
また、商法の改正により、貸借対照表や損益計算書などの帳簿書類について、電磁的記録で初めから作成された場合は電磁的記録による保存が容認され、株主総会における議決権行使も電磁的記録を活用した形で行えるようになりました。
しかし、これらの変更にもかかわらず、一部の文書には依然として「紙」で保存することが義務付けられているものや、最初に「紙」で作成したものをスキャナで読み込んで電磁的記録として保存できないといった課題が残りました。
このような問題を解決すべく、法令により紙での保存が義務付けられている文書について、原則として電磁的記録による保存を認めるe-文書法が2004年に成立しました。これは、政府が電子保存を進めるための取り組みの一環として、法的な基盤を整備したものです。
e-文書法の対象書類・文書
e-文書法は、約250本に及ぶ法律に対して適用され、多岐にわたる文書がその対象となっています。以下はその一部の例です。
- 国税関係帳簿 仕訳帳、総勘定元帳、帳簿など
- 決算関係書類 賃借対照表、損益計算書、棚卸表など
- 取引関係書類 契約書、納品書、請求書、領収書など
- 会社関係書類 株主総会・取締役会議事録、定款など
e-文書法に基づくと、ほぼ全ての法定保存文書が電磁的記録による保存が認められていますが、一部対象外の文書も存在します。例えば、緊急時に迅速な解読が求められる文書や、物理的な形態が極めて重要なもの、または国際的な規制があるものがこれに該当します。 具体的な例としては、機械や乗り物の取扱説明書、免許証、許可証などが挙げられます。
なお、対象となる文書の一覧は、内閣官房が公開している『e-文書法によって電磁的記録による保存が可能となった規定』で確認できます。
e文書法の対象でない書類
e-文書法においては、緊急時に迅速に解読できる必要性が高い書類や、物理的な形態が極めて重要である書類、または国際的な合意により制約がある書類は、法の対象外とされています。以下に、その具体的な例を挙げます。
- 機械や乗り物の手引書 緊急時に必要な操作や手順が記載された文書
- 免許書 個人や事業者に与えられる各種の免許に関する書類
- 許可書 特定の権限や許可を示す文書
これらの書類は、e-文書法の対象外とされ、紙媒体での保存が継続されています。法的な要件や特殊性が高いため、電子的な形態での保存が難しいとされています。
e-文書法と電子帳簿保存法の違い
1998年に導入された法律である電子帳簿保存法は、e文書法と同様な枠組みを持つ法律の一つです。以下では、e文書法と電子帳簿保存法という2つの法律における相違点について詳しく解説いたします。
電子帳簿保存法が適用される範囲は、「国税関連書類」に限定されている
電子帳簿保存法は、「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」の正式名称を持ち、その対象は財務省と国税庁が管轄する「国税関連書類」に及びます。この法律は、国税にかかわる注文書や請求書などの電子化に関する具体的な手続きや規定を規定しており、1998年に施行された後、2005年、2015年、2016年、2019年といった年度にわたり改正が行われています。
以前は、電子帳簿保存法の対象となる書類を電子化するには、税務署長の承認が必要でした。しかし、2021年の電子帳簿保存法改正により、税務署長への承認制度は廃止されました。そのため、2022年以降は承認が不要となりました。
要件範囲の違い
電子帳簿保存法とe文書法の対比を考えると、それぞれの法体系が異なる視点で電子文書の取り扱いに焦点を当てています。電子帳簿保存法では、「真実性」と「可視性」の2つが主要な要件となっています。真実性の確保においては、書類の変更履歴や関連書類へのリンクなどが求められ、これにより電子帳簿の信頼性が確立されます。同時に、可視性の確保では、電子帳簿の見やすさと検索のしやすさが強調されています。
これに対して、e文書法は電子文書全般に関わる法律であり、電子帳簿に特有の要素だけでなく、広範で様々な電子文書に適用されます。e文書法では、電子文書の信頼性や整合性を確保するための手続きや標準を規定しており、電子文書の合法的な効力を認めるための法的基盤を提供しています。
これらの法体系の違いを踏まえて、電子帳簿保存法が具体的に電子帳簿に焦点を当てているのに対し、e文書法は広範かつ一般的な電子文書全般にわたる基準を提供しているといえます。
e-文書法対応で押さえておくべきポイント
e-文書法においては、異なる文書に対して異なる要件が存在します。例えば、見読性は全ての文書に共通して求められますが、検索性や完全性は一部の文書にのみ要求されます。また、現段階では機密性については法的な保存要件が確立されていません。
単に紙の文書をデータ化すれば良いと考えるのは誤りです。特に国税関係書類に関しては、電子帳簿保存法によって「真実性」と「可視性」が要件とされています。これはe-文書法における完全性や見読性、更には検索性も含んだ要素と見なされます。具体的には、文書の原本が改ざんされず正確なプロセスを経てデジタル化され、電子署名とタイムスタンプが適切に付与されている必要があります。
e-文書法への対応には、業務の大幅な効率化が見込まれますが、対応には単なるデータ化だけでなく、それぞれの要件を満たすための検討が必要です。また、これには一定のコストが伴う可能性があります。文書の電子化を検討する際は、これらのポイントに留意し、慎重に進めることが重要です。
e-文書法と電子署名・タイムスタンプの関連性
e-文書法における「完全性」の確保には、電子署名とタイムスタンプが重要な手段として挙げられます。これらは電子化された文書が不正な改ざんや消去から守られるための不可欠な要素となっています。それぞれの機能について詳細にみていきましょう。
電子署名
電子署名は、文書や書類の制作者を特定し、その正当性を証明するための手段です。認証プロセスを通じて、文書が変更されていないかや不正な代理制作者からのなりすましを防ぐ役割があります。
2015年以降のe-文書法の改正により、電子署名の使用は必須ではなくなりました。しかし、依然として電子署名は改ざんやなりすましの予防策として有用であり、多くの場面で活用されています。法的な要請が緩和されたとはいえ、電子署名は信頼性の向上や文書の完全性確保において重要なツールとなっています。
タイムスタンプ
電子署名が文書や書類の制作者を確認するのに対し、タイムスタンプは特定の時点での文書の存在と改ざんのない状態を証明する役割を果たします。これは、時刻配信局や時刻認証局といった信頼性のある第三者機関を介して、正確な時刻情報(タイムスタンプ)が文書に付与されることにより実現されます。
国税や地方税関連書類を電子保存する際には、特にタイムスタンプの付与が要件とされます。ただし、改ざんの予防策が十分に取られている場合、タイムスタンプが不要となるケースも存在します。要するに、文書の信頼性と完全性を確保するためには、電子署名とタイムスタンプが協力して必要な保証を提供すると言えます。
タイムスタンプ取得方法
タイムスタンプの取得プロセスは、「要求」および「発行」の2つの主要な段階から構成されています。文書の電子化後、タイムスタンプを取得するための具体的な手順を以下に示します。
1. ハッシュ値の取得
電子化された文書に対して、まずハッシュ値が計算されます。これは文書の内容を一意に識別するデジタルな指紋のようなものであり、改ざん検知の基盤となります。
2. タイムスタンプの要求
ハッシュ値が取得されたら、これを時刻認証局(TSA)に送信し、タイムスタンプの発行をリクエストします。この段階が「要求」に相当し、時刻認証局は文書のハッシュ値と正確な時刻情報を組み合わせて、セキュアなタイムスタンプトークンを生成します。
3. タイムスタンプの発行
時刻認証局は生成されたタイムスタンプトークンを、改ざん防止のために鍵をかけた状態で依頼者に返送します。この段階が「発行」であり、返送されたタイムスタンプトークンは後続の検証に使用されます。
4. セットで保存
最後に、返送されたタイムスタンプトークンと電子化された文書の原本をセットで保存します。これにより、将来的な文書の証明や検証が可能となります。
このようにして、文書の電子版に対して正確な時刻情報と改ざんの防止が確保され、信頼性の高いタイムスタンプが得られる仕組みが構築されます。
タイムスタンプの使用方法
タイムスタンプは、文書の正確性を検証するために利用されます。この検証プロセスは、「検証」と呼ばれ、以下に示す手順で実施されます。
1. 鍵の受け取り
検証プロセスが開始されると、時刻認証局からタイムスタンプトークンの鍵が提供されます。この鍵は、後続の照合において安全な検証が行えるようになります。
2. 照合と確認
次に、タイムスタンプトークンと電子文書の原本の内容を照合します。内容が合致していれば、文書の作成後に改ざんや消去が行われていないことが確認されます。もし合致していない箇所があれば、それが改ざんや消去された証拠となります。
3. 証明と結果
照合により合致が確認された場合、文書の正確性が証明されます。逆に合致しない部分があれば、その部分が改ざんや消去された可能性が高まります。この過程により、文書が正当な状態であることや変更がないことが実証され、信頼性の高い検証が行われます。
このような検証プロセスによって、電子文書のタイムスタンプが提供する証拠が有効に活用され、文書の信頼性を確保する仕組みが構築されます。
文書を電子化するメリット
e-文書法に基づいて文書や書類を電子化する際の主なメリットは以下の通りです。
1. 業務の効率化
電子文書の採用により、文書の作成や編集、共有がスムーズになり、業務プロセスの迅速かつ効率的な遂行が可能となります。
2. 空間の節約
電子文書の導入により、紙媒体の文書をデジタル形式に変換することで、物理的なスペースを節約できます。これはオフィスや保管施設において、スペースの効率的な利用に寄与します。
3. 環境への配慮
電子文書の普及は、紙の使用を抑制し、それに伴う森林の保護や廃棄物の発生を削減します。これは環境への配慮として意義深いものです。
4. アクセスと検索の容易性
電子文書はデジタルデータとして保存され、必要な情報へのアクセスが迅速で、キーワード検索や整理整頓が容易です。これにより、情報の素早い取得が実現されます。
5. セキュリティの向上
e-文書法に基づく適切なセキュリティ対策を講じることで、電子文書の保護が向上し、機密性や真正性を確保できます。電子署名やタイムスタンプなどの技術を活用することで、文書の信頼性が高まります。
6. バックアップと復旧
電子文書は容易にバックアップでき、災害時やデータ損失の際にも迅速な復旧が可能です。データの安全な管理が実現され、業務の安定性が確保されます。
これらのメリットにより、e-文書法に準拠した電子化は、業務プロセスの合理化や環境への配慮、セキュリティの向上など、多岐にわたるポジティブな効果をもたらします。
まとめ
本記事では、e文書法についての概要や対象書類、基本要件、電子帳簿保存法との異なる点に焦点を当てて詳しく解説しました。
法律によって保存義務や期間が定められた法定保存文書には、電子化が認められるe-文書法が適用されます。この法律は、さまざまな業種で取り扱われる紙文書や書類を電子形式で保存するための法的基準を提供しています。同様に、電子帳簿保存法もこれに該当します。
企業の多くでIT技術の進展に伴い、紙文書の電子化が進んでいますが、正しい手続きでなければ後に法的な問題が生じる可能性があります。従って、電子化と保存に関する正確な知識が必要です。
電子帳簿保存法では、国税関連書類の電子保存にはタイムスタンプが必要である一方、e-文書法と電子帳簿保存法では異なる保存要件が存在します。また、法的な要件だけでなく、企業ごとの要件や慣習も考慮する必要があります。これらを理解した上で、適切な電子化と保存を進めることが肝要です。
e文書法に従って文書を電子保存すれば、書類作成の労力軽減や業務プロセスの効率向上、コスト削減が期待できます。基本的な要件を満たせば、手軽にe文書法に適合できるため、文書の電子保存の導入を検討してみる価値があります。